建物は、歯と同じです。

この国はどこへ行こうとしているのか 槇文彦さん

  1. 「建物は、歯と同じです。いろんなところが傷んでくるんですよ。それをぼくたちは改修したり、新しく付け加えたり。建築家が、自分の手がけたところで生活していくというのは貴重な経験です。その建物が自分の体の一部という感じ、愛着というのですかね……」
  2. 「並んだ建物や道に入れば、普通なら同じルートを通って元に戻る。でも、道がぐるっと回っていたり、分かれていたりして、別のところから出てこられる。いろんな空間体験ができるように造った」
  3. <奥性は最後に到達した極点として、そのものにクライマックスはない場合が多い。そこへたどりつくプロセスにドラマと儀式性を求める。つまり高さでなく水平的な深さの演出だからである。多くの寺社に至る道が屈折し、僅(わず)かな高低差とか、樹木の存在が、見え隠れの論理に従って利用される。それは時間という次数を含めた空間体験の構築である>
  4. デベロッパー(開発業者)は外から来て、投資したお金を早く回収しようとする。新しいコミュニティー(地域社会)をどうしたらつくれるかはあまり念頭にない」
  5. 「そうした高密度な都市再開発に対する異議申し立ての気持ちはあります。代官山の街はいくつかの偶然的な要素がそろってできた。とはいえ、次に続くこうした街がないのは非常に悲しい」
  6. 「ぼくたちが学生のころ、重要な建築の3要素とは『用・強・美』と言われました。もっとも今は『美』ではなく『歓』とされますが、耐震偽装では『強』が伴わなかった。建築士が(違法だと)知っていてやっちゃった、というのはモラルが低下しているんでしょうね。寂しい話ですよ」
  7. 「見学に訪れた人が『最後をここで迎えたい』と言ってくれる。それは『最後の晩さんはお宅のレストランで』と言われたシェフのようなもので、建築家冥利に尽きると思いました。火葬にふされる人、それを見守る人がどうありたいかを考えて造りました。求められているのは、システム化された施設ではなく、ゆっくりと最後を過ごす場所ではないかと」
  8. ラフカディオ・ハーン小泉八雲)以降、日本に住む外国人が日本のどこに引かれるか。皆、この国が持つ優しさに引かれてきたのではないだろうか。それなのに、最近はグローバリゼーション(地球規模の通商拡大)の影響でしょうか、自分のことばかり主張して、人のことを理解しようとしない人が目立つ。優しさをなくしたとき、日本に何のアイデンティティー(同一性)が残るのですか。ドイツ人が合理性を、アメリカ人が進取性を失ったら、何をそれぞれのアイデンティティーとするのか。我々は重い課題を突きつけられていると思うのです」
  9. 「前にメモリアルパークが広がる場所に建ちます。なるべく静かな空間にしたい。そして、普通の人の生活から奪われた日常性をどのように回復するか。たとえば、散歩をするのが楽しいような……」
  10. 「ええ。一人一人が、安らぎや感動、孤独感を静かに楽しめるということは、群れるということと合わせて、都市の本質です。だからぼくは、良い散歩道があるのは良い街だと思うんです。散歩道とは、権力者が作ったブルバード(道路)の対極にある。やはり、優しさにつながるわけです」

Maki and Associates【槇総合計画事務所】